月光鳥

月がきれいで静かな夜に、心を病むほど倦み悩み、

抗い疲れた者の寝床にやって来て、

染み入るような歌声で苦悩を癒して去って行く

月からやって来ると言われているその鳥は、

その地で月光鳥と呼ばれていた

 

ある時、美しい妻と可愛い娘に囲まれ、裕福で不自由なく暮らしている男が

どうしても月光鳥を見てみたいと思った

 

男はその土地に乗り込んで、

そこに住んでいる者たちの悩みを全てカネで解決した

ある者にはカネを与えて悩みを解決し

ある者にはカネを使ってその土地から追い出した

男はそうしてその土地でただ一人の悩める者となった

 

子供のころに抱いたような純真な期待で夢を見ていると

とても美しい歌声が聞こえてきた

聞いているだけで悩みは霧散し晴れやかな気持ちになった

そのおかげで男はまた仕事に励み、更に成功しカネ持ちになった

 

だが、やはり男は月光鳥を捕まえたいと思った

あれを捕まえて人々の悩みを解決したら、もっと儲かると考えた

鳴かせ方も飼い方も分からないが、とにかく捕まえることにした

 

夢見の中でカネを産み出す鳥を待っていると、あの美しい声が聞こえてきた

声のする方に走っていき、月光鳥に飛びついた

じたばたと暴れる月光鳥を両手で強く掴んで夢から出ると

そこは自分が寝ていた部屋ではなく隣の部屋で、妻に乗りかかって首を絞め殺していた

罪の意識よりも月光鳥に裏切られたという怒りがこみ上げた

 

とりあえず、妻は酔い覚めの不注意でベランダから落ちたということに

カネで解決した

 

次の月夜を自分の願望と復讐のために待った

男は自分が部屋から出られないように、鍵を掛けて眠った

 

夢見の中で待ち焦がれていた優しい光の月光鳥を捕まえ夢から出ると、

今度は娘の首を絞め殺していた

優しい娘は父親の部屋から物音がするので心配して見に来たのだった

 

絶望に膝から崩れ落ち、自らの行いを嘆いて気を失った男は、

また月光鳥を見た

月光鳥は最後の慰めに来たが、男は最後の機会と捉えた

もう全てを失くす覚悟で男は月光鳥を捕まえた

 

やっと両手に捕まえた月光鳥は現実に戻ると

鳥ほどもある巨大なナメクジに変わっていた

ヌメヌメした手触りはこの世のものとは思えず

悪寒と恐怖でナメクジを床に叩き付けた

 

潰れた巨大ナメクジは煙となって消えたが

ヌメヌメとした床のテカりは、ずっと床から消えなかった

 

男は、娘の事件もカネで犯人をでっち上げ、摑まることなく、
可哀想な被害者として有名になり、また事業を拡大していった

 

妻と娘の真実を思い出し、たまに気に病むこともあったが、
月光鳥を含めて家族の命を奪った男に、その後、特に不幸が訪れることはなかった

 

しかし、あの床のテカりを見るたびに巨大ナメクジの感触を思い出すので、

その土地からは離れたが、男が去った後も、あの床のテカりは消えなかった

 

そしてそのテカりは、

男が全ての悩みを解決し何も無かったその土地で有名になり

地域起こしとして逸話をつけて盛り上げられ、観光地として名所となった


さまざまな人間がそこを訪れたが、あのテカりは月光鳥だったからといって

心を癒すこともなく、見たからといって幸せにも不幸せにもならない

いつまでもただのテカりのままだった