「咳人草」

その者は長く患っていた

毎日を臥せて暮らしており、回復の見込みも無かった

 

病床から外界を眺めることはその者に希望をいだかせる薬であったが

同時に叶わぬ憧れに身もだえする毒でもあった

しかし出来ることはそれしか無かったので、

視界の一部と化している天井を眺めては

外の世界を空想し、お気に入りの爽やかな草原を走ったり冒険したり

友と遊んで過ごしていた

 

その者の病は成長によっても良くはならず

年月と共に咳の数が増え

痩せ往く代わりに憧れが強く逞しくなっていった

 

常に空想の中に生きており、寝ても覚めても夢を見ている生活に

夢の中の自分が本物なのではないかという不安を募らせ

いつしか心に悪いものが棲みついてしまった

 

ある時、人ではないモノが現れ

「お前の容姿と引き換えに、その咳ごと病を食らってやろう」

と言った

 

その者は悩んだ、

このまま想像し夢の中で過ごすのか、外の世界に出ていくのか

しかし自分が居なくなったら残された者達はどうするのか

だがこの生活に何の意味が有るのか

自身の悩み事が山積したが、

見て触って味わえる世界と友達との時間がどうしても欲しかった

 

提案を受け入れ自身の容姿を渡す時、

あろうことか化け物は一部ずつその者の体を食っていった

苦い激痛の洪水にのたうち回りながらも、

この後、自身が自由に成れるんだと思った時、

ふと、あぁしかし自分はもう人間ではないのだと悟った

 

そしてその者が夢見ていた、どこかの爽やかな草原に、大きな花を付け

風に揺れると咳をしているようにコトコト揺れる花が咲いた

 

その花は恐ろしく苦いが病にとても良く効いた

特に咳には効果覿面で、飲めばたちどころに咳が止まった

風に揺れると人が咳をしているように見えるため

その花の名は「咳人草」という